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STORY03

「我、長男なり」

目次

父親の死

大輔さんの父親が亡くなった。

宣告を受けてからわずか2ヶ月ばかり後の出来事だった。
お父さんは、12月、極度の食欲不振と体のだるさを訴えて通院している。そこで頂いた診断は「もう手遅れの白血病」、延命措置は可能だが、治療の方法はないという宣告だった。

「大輔さんには、どのように伝えたら良いでしょうか?」妹さんからの相談に私たちはこのように答えている。

「今までも大輔さんには、たくさんのことを包み隠さず伝え相談してきました。おばあちゃんが亡くなった時も、お母さんが倒れた時も、そうしてきました。その都度、病院にお見舞いに行ったり、お葬式に参加したり、お墓参りに出かけたり、その全てを大輔さんは受け止め、時にはその出来事の大きさに受け止めきれず、てんかん発作が誘発された時もありましたが、確実にそれを乗り越えて来られました。

常に大輔さんの意志を家族の皆さん全員が受け止め、たとえ家族の皆さんの意見に背くようなことを大輔さんが言った時でさえも、その気持ちを一人前の大人の意見として大切にして下さった家族の歴史は、考えられないほど大きな前向きのエネルギーを大輔さんに与えていると思います。

今の大輔さんだったら、きっとお父さんの病気のことをきっと受け止められると思いますし、きっと教えて欲しいと思っていると思います。

確かに、てんかん発作が重積になる可能性はあると思います。でもそこは私たちが責任を持ってケアさせて頂きます。

包み隠さず、大輔さんに全て話して、お父さんがもうすぐ亡くなってしまうことを理解した上で、心の準備をしていくことが良いと思います。」

次回の面会時に、お父さんと妹さんとで直接大輔さんにその内容を伝えることが決まった。

命を懸けた服薬拒否で伝える想い

度々、彼は帰省時に服薬拒否をしている。断固として抗てんかん剤を服薬しないのだ。
かといってそれは毎回のことではない。情報を集めると父親が酔っぱらっているときには服薬をしていないことが判明した。

「お父さん、お酒飲まないで。せめて僕の帰省しているときくらいは、お酒我慢して欲しいな…」願いが通じて、お酒を飲まない帰省の時には、彼は完全に服薬して帰園した。

彼は命を懸けて父の飲酒に抗議をしていたのだ。お父さん、元気で長生きしてね…と。

訃報を伝えたとき

父親の訃報が届いたその夜、同僚Kさんの大声が止まらない。

聞けば、大輔さんのお父さんが死んでしまったことを口にしている。夜勤の職員が大輔さんの居室にKさんを誘うと、おもむろにやってきたKさん、必死に大輔さんに話しかける。

「お父さん、死んじゃった…、お父さん死んじゃった…」しかし、大輔さん、その繰り返される話しかけに拒否もせず、うるさがりもせず、目をまん丸くして耳を傾けている。
その度に頷くようにして、その話を聴いている。その精一杯の話しかけに励ましの気持ちを感じているのだろう。

Kさん、そんなことをしたこと今まで一度もないのに眠りに入った大輔さんの横で、添い寝するかのように横になり、一時間半ほど過ごし、その後自分の居室に戻った。

二年前に母親を事故で急に亡くしているKさんの見せた優しさだった。そしてその優しさをしっかり受け止めることのできる大輔さんがそこにいた。

親族の温かさに包まれて

大輔さんのお別れの言葉が始まった。てんかん発作を心配して、彼の両脇を付き添いの職員が固めている。

しゃべることができないから、お別れの言葉の文面は、○× カードと表情カードを用いて担当職員と共同で作成している。そして職員の代読だ。

「…お酒を飲んでいるお父さん、たばこを吸っているお父さん…旅行に連れていってくれたお父さん…、僕が初めて仕事をして貯めたお金で買った帽子をとても喜んでくれたお父さん…、いろいろなことがあったけど、どんなお父さんもみんな好きです。」

参列者の涙を誘った。

そして、精進落とし。彼の日常の精神力や体力を考えて、参加できるところまで参加して、てんかん発作が起きそうになったり、落ち着かないような状況になったら、退席するという約束の精進落としだったが、大輔さんの大好物のウインナーソーセージが特別に用意されるという破格な待遇、家族、親戚の皆さんがそれぞれに大輔さんの元に訪れ、Dたん、Dたんと声をかけてくれる温かさに包まれて、彼はいつまでも退席しようとしなった。そして散会。それでも彼は帰ろうとしない。

自分なりの喪主の姿

関係者がそれぞれ家路につき、親戚一同がマイクロバスに乗車、そのバスが出ていく。そのバスを見送るようにして、彼はやっと学園に戻る車の方向に歩みだした。

彼には、お嫁に行ったお姉さんがいる。そして、いつも面倒を見てくれている妹さんがいる。
真ん中に挟まれた長男だ。本来なら彼が喪主を務めるはずの役回りだ。長男なんだから。

もちろん彼には世間でいうような喪主は務まるはずもない。しかし、私には、彼が今できる精一杯を長男として果たそうとしたのではないかと思える。

お別れの言葉の時の立派な立位の姿勢、葬儀の開始から火葬場での時間、そして精進落としまでの完全参加、そして親戚一同の皆さんが乗るバスの見送り。

一言も発することができない彼なのだが、なされた行動は喪主そのものだろう。

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